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敷金
(2007年4月号 VOL.69)

 建物の賃貸借契約のトラブルで一番多いのが「敷金の返還問題」ですね。
賃貸借契約全トラブルの22%ほどを占めており、次に多い管理問題(修繕を含む)13%を引き離していま す。
今回はこの敷金の返還についてお話を致します。

敷金とは、借主が家賃の不払いや不注意により部屋に損傷を与えたり、破損させて箇所がある場合の修 繕費用や損害賠償等の債務を担保するために大家さんに預け入れるお金です。
ですから、明渡しの際に負担すべき債務がない場合には借主に返還されるものです。
賃貸借契約には、他に保証金という名目のものもありますが、通常敷金と同じ性質のものです。一般的に は住居の場合に敷金と呼び、店舗・事務所の場合には保証金と呼ばれているようですね。

ところで、賃貸借契約には借主の「原状回復義務」というのがあり、建物を借りる前の状態にして返さなけ ればなりません。
大家さんとしては、「貸しただけだから、返すときは元通りにして返してね。」という訳です。
そこで、どこまでが原状回復になるのか?
大家さんの思う原状回復と、借主の思う原状回復に差があり、そこがトラブルになりやすい原因なんでしょ うね。

数年前までは、原状回復というのは「借りる前の状態」という額面どおりの言葉として捉えられ、結構なリフ ォーム工事まで負担しなければならないケースも多かったようです。
"借りたものは以前より綺麗にして返す。"という日本人特有の気質みたいなものもあったのでしょうね。
服やハンカチなどを借りたらクリーニングをして返す。というようなことに似ているのでしょうか。
昔は、住宅不足もあり大家さんの立場も随分と強いものだったようで、そのような解釈も通っていたのでし ょうね。

ところで数年前ですが、テレビでアパートの原状回復費用が80万円も請求されトラブルになっているケー スを報道していました。
アパートを借りた期間はたったの2年間ですのに。
随分と細かい傷や汚れ(中には以前から付いていたと思われるようなものまで)の補修まで見積もりに含 まれていました。
借主は「なぜリフォームと思われる費用まで出さないといけないのか。」と憤慨していました。(その大家さ んは借主が出て行くたびに多額の原状回復費用を請求して暴利を得ている常習犯のようでした。)
しかもその大家さんは、借主から貰った原状回復費用を修復工事費用にあてず、そのままの状態で次の 人に貸していたようです。
ひどいですよね。
その時は、驚いたことに裁判で大家側が勝った判決が出ていてそれを盾に取っていました。
随分と理不尽に感じました。

しかし、その後「通常の生活でついた汚れや傷、劣化した分などの自然損耗は貸主側の負担。」という新 しい最高裁の判例がでました。
また、2004年秋に東京都は契約時にこの原則をお客様に説明するよう不動産業者に義務付けをした「東 京ルール」というものを出しました。
東京都は日本でも一番、賃貸住宅が多いところですから当然トラブルも多く、いち早くルールを決める必 要があったのでしょうね。
さらに国土交通省もこうした判例を元に大家と住人が負担すべき区分のガイドラインを出しています。
これにより、原状回復をしなければならない基準が結構明確になってきました。

東京都のガイドラインでは、
大家さんの費用負担として、通常損耗(通常の使用に伴って生じる損耗)などの修繕費は、家賃に含まれ ているとされており、大家さんが負担するのが原則としています。
例えば、
・壁に貼ったポスターや絵画の跡
・家具の設置によるカーペットのへこみ
・日照等による畳やクロスの変色
等などです。

一方、借主の費用負担として、
一般的な賃貸借契約には「借主は契約終了時には本物件を原状に復して明渡さなければならない。」とい った定めがあります。この場合の「原状回復」とは、借りていた物件を契約締結時とまったく同じ状態に回 復するということではなく、借主の故意、過失や通常の使用方法に反する使用など、借主の責任によって 生じた住宅の損耗や傷などを復旧することとしています。
例えば、
・タバコによる畳の焼け焦げ
・引越し作業で生じた引っかきキズ
・借主が結露を放置したために拡大したシミやカビ
等などです。

この考え方は、レンタカーを借りる時の考え方に似ていますね。
レンタカーを借りて数ヶ月も乗っていれば、タイヤもすり減ったりしますね。ブレーキパットなどもすり減りま す。
だからといって車を返す時にレンタカー料金以外にその復旧費用を別途請求されることはありません。 (ただし、不注意で車をぶつけてしまった場合などは、レンタカー料金以外に復旧費用を請求されることに なります。)
賃貸住宅における「原状回復」も同じような考え方ですね。

ただ、借主の故意・過失や通常の使用方法に反する使用など、借主の責任についての考え方として、民 法第400条があります。
民法400条では、他人のものを借りている場合、借主は、契約してから契約終了時に物件を大家さんに明 渡すまでの間は、相当の注意を払って物件を使用、管理しなければならないという意味のことが規定され ています。これを「善良なる管理者としての注意義務」といい、略して「善管注意義務」といいます。
この義務に反して、物件を壊したり汚したりした場合には、借主は原状に回復するよう求められることにな ります。

また、注意しないといけないのは、本来は通常損耗等にあたるものであっても、借主がその損耗を放置し たり、手入れを怠ったことが原因で、損耗が発生・拡大した場合には、この善管注意義務に違反したと考 えられ、その復旧費用は借主の負担とされることがあります。
例えば、
結露が発生した場合。
結露は建物の構造上の問題であることが多いですが、結露が発生しているにもかかわらず、拭き取るな どの手入れを怠り、壁等を腐食させた場合には、通常の使用による損耗を超えるので借主の負担になる と判断されるようです。

あくまで、借りている物ですから丁寧に使い、悪くなるようであれば手入れをしないといけないと言うことで すね。

13ページに不動産適正取引推進機構が出している一般的な事例を掲載しました。

ところで、借主の原状回復義務は破損部分の補修工事に必要な施工の最小単位に限定されています。 ですから、クロスなどを破いてしまった場合にはu単位で修理をすれば良いことになります。[ふすまは1 枚単位、柱は1本単位です。]
しかし、微妙な問題として、小さな破れで1uを貼替えると他の色褪せた古い部分と色が異なってしまうよう なケースがあります。
これでは、1uだけ貼替えても借主は原状回復義務を十分に果たしていないともいえます。
この場合は、クロス1面分の貼替えを借主の負担とすることもありますが、経年変化を考慮し、通常損耗・ 経年変化分を差し引いたものが、借主の負担となるでしょうね。
なお、大家さんが色合わせのために部屋全体の貼替えを行う場合には、破損していない残りの面の貼替 え費用は大家さんの負担となります。

しかし、これらの「原状回復義務」も、あらかじめ特約によってこれまで説明をしてきたものと別の取決めを 契約時にしておくことも有効です。
特約とは、「当事者間の特別の合意・約束」「特別の条件を付した約束」などを意味します。
ですから、大家さんは通常の原状回復義務を超えた負担を賃貸借契約に特約として定め借主に課す事も できる訳です。
ただ、この特約も無制限に認められるわけではありません。
裁判の結果、特約が無効と判断されることがあります。
判例によれば、特約が有効となりためには、次の3つの用件が必要とされています。
@特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること。
A借主が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕などの義務を負うことについて認識をしている こと。
B借主が特約による義務負担の意思表示をしていること。

いずれにしても大家さんも、借主もトラブルは避けたいはずですから、前もって同じ認識、同じ説明を受け ておくべきでしょうね。

ところで、最近、アパートの広告に「敷金なし」の物件が見受けられます。しかし、敷金がない場合でも借主 が負担すべき原状回復の費用は払わなければなりません。
敷金を払っていればその費用はそこから差し引かれることになりますが、敷金なしの場合は費用を別途 用意する必要があります。
また、契約時にリフォーム代など特定の名目の金銭を支払うことになっている場合もあります。この場合 は、敷金とは違い、退去時に返金されないので、注意が必要です。

 東京都都市整備局発行 賃貸住宅トラブル防止ガイドライン 参照
(南)
2007/04

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